カンボジア・シェムリアップのアイドル!?東南アジアのオタクカルチャー伝道師、さかなちゃんにインタビュー

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臼井です。

前回の記事で、カンボジア・シェムリアップではアニメや漫画、ゲームといったオタク文化がまだまだ根付いていないと書きましたが、そんなシェムリアップで日本のポップカルチャーを広めるべく精力的に活動しているみんなのアイドル、さかなちゃんこと「浴槽 魚」さん(以下さかなちゃん)に会ってきました。

2011年にはベトナム・ホーチミンでベトナム初のメイドカフェの立ち上げに携わり、その翌年にはベトナムの日本カルチャー系イベントなど、イベントのサブオーガナイズ等をしていたさかなちゃん。

現在はカンボジア・シェムリアップに移住し、アニソン系イベントでコスプレDJをしたりと、日本のポップカルチャーの伝道師的な活動を行っています。

今回は、まだまだ自分のなかでも謎に包まれていたさかなちゃんの実態に迫るべく、インタビューを実施。さかなちゃんの過去から現在まで、掘り下げて色々と聞いてきました。

永遠少女で魔法少女!愛の天使!みんなのアイドル!な自称アーティスト。カンボジア・シェムリアップ在住、みんなのアイドルさかなちゃんとは

── こんにちは。かなり多方面でご活躍されているようで、聞きたいことは山ほどあるのですが、まずはお名前とご職業から伺ってもよろしいでしょうか?

はい(笑)。名前は、「浴槽 魚(Yokusou Gyo)」という名前で活動しているので、さかなちゃんです!シェムリアップでイベント運営やツアーの案内などもしているのですが、本職はファッションデザイナーです。ECサイト上で、自分で作った洋服や、デザインしたTシャツなどを販売していて、基本的にはフリーランスで活動しています。

── そうなんですね。もしかして今着ている洋服なんかも自分で作ったんですか?

そうです。布とかレースといった素材も、日本よりも全然安くていいものがあったりするので、ほぼ現地で調達しています。カンボジアに来てからはほとんどTシャツがメインで、プリントのデザイン業をすることが多いですね。

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── 布から洋服を作れちゃうってすごいですね…。少しずつさかなちゃんのことがわかってきたところで、さかなちゃんの生い立ちなんかを探りつつ、質問していければと思います。ファッションデザイナーの道を進もうと思うようになったのはいつ頃からなんですか?

生い立ちからですか(笑)。ファッションデザイナーになりたいと思うようになったのは、高校を卒業してデザインの学校に入ってからです。高校では、漫画研究部に所属していたんですけど、その頃はいわゆる窓際で本読んで過ごしているような学生でした。友達も少なくて、肩身が狭い学校生活を送っていて(笑)。

その後、専門学校のファッションデザイン科に入学して、友達ができて、自分の製作したものとかが学校内外で評価され始めたんです。そこで「自分はこの道でやっていってもいいんだな」って思えるようになったのがきっかけです。

── 当時はどんなものを作っていたんですか?

洋服・ファッション科だったので、基本的には洋服だったんですけど、始めてコンペに出展した作品がゴキブリをテーマにしたドレスでした。

── ゴ、ゴキブリ!?

ゴキブリです(笑)。「コックローチ乙女」というタイトルのドレスを出して、それが小さい賞をもらって。初めて人にちゃんと認められた気がして、すごく嬉しかったです。最初は全く技術もなくて、学校でも最下位くらいのレベルだったんですけど、それをきっかけにやる気に火がついて、卒業するときには恐らく学年トップだったかなと(笑)。

そしたら今度は、「自分のブランド作ってみたい!」という夢が生まれました。

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── なるほど。ということは、学生時代はかなりファッションに打ち込んでいたということですよね。その後はどうされたんですか?

そうですね。その後は、自分のブランドを作るという夢を持ちながら、原宿で2年間働きました。最初は洋服を作ったりする企画職を担当していたんですけど、一ヶ月してショップ店員に回されてしまって。

そのとき私は人と話すことがまだ苦手で、接客がすごく辛かったです。お客さんの目を見て話すことができないし、「いらっしゃいませ」って言ったあとに何も商品を勧められないし…。当時店長さんだった人には、「もうあなたとは一緒に仕事したくない。」とまで言われてしまったこともあります(笑)。

それもあって倉庫とかの方でも仕事をしていたんですけど、ある日「私、店長よりも明らかに仕事しているぞ」と、ふと思ったんです(笑)。そこからまた一気にやる気がでてきて、勇気を出して接客を始めてみたら、それがだんだん面白くなってきました。

それで「魔女っ娘ホリー」という名前で働き始めて、次第に「ホリーに会いたくてお店に来ました!」と言ってくれるお客さんも増えてきて。

── もうその当時から魔女っ娘だったんですね(笑)。それからしばらくは接客業をされていたんですか?

接客が面白いと思えるようになってからも、やっぱり夢であった自分のブランドの立ち上げが諦めきれなくて。そんなときに転がり込んできた話が、「ベトナムでメイドカフェを立ち上げる」という話だったんです。

メイドカフェの制服をデザインできる人材を探しているという話でした。その話をしてくれた方が、「一回ベトナムに来てみて、それから考えてもいいよ」と言ってくれて。それが私とベトナムの初めての出会いですね。

ベトナムの魅力、その秘密は女の子…?

── ここでついにベトナムの話が登場するんですね!初めてのベトナムはどうでしたか?

2011年の4月頃に一回1週間くらいの視察に行かせてもらったんですけど、
そしたらもうついて3日でベトナムという国が好きになってしまいました(笑)。

── 到着から3日で!?どんなところがさかんちゃんをそこまで魅了させたんですか?

一番の要因は、女の子が可愛いかった!ということです。これからこの子たちをもっともっと可愛くできるんだと思ったら、すごくウキウキしてきて(笑)。それで1週間の視察のはずが、もう3日目で住むことまで決めてしまいました。

── 女の子可愛さですか。顔立ちだったり、服装だったり、可愛さの要素って色々とあると思うのですが、さかなちゃんがベトナムの女の子に感じた「可愛さ」ってどんなところだったんでしょうか??

まず、当時ベトナムにはお化粧している女の子たちがほとんどいなかったんです。大学生くらいの子たちも、髪型はみんな同じ前髪まで上げたポニーテールで、服装はジーパンにTシャツ、それでビーチサンダルを履いているみたいな。

みんな全くおしゃれをしていない状態だったんですけど、素材はよかったんです。この子たちをお化粧して、可愛い洋服を着せたら、もうとびきり可愛くなるんじゃないかって思って。なので、可愛さの原石みたいなものを感じたんです。

あとは、言葉の可愛さですね。

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── 言葉の可愛さ?

私が携わったメイドカフェは、ベトナムのホーチミンにあって、ベトナム語のホーチミン弁で、語尾に「ニャ」とか「ニュ」のような日本語の擬音語みたいな音がつくことがあるんですよ。例えば「ありがとう」はベトナム語で「カム オン」なんですけど、その後に「ニャ」をつけると、日本語で「ありがとう“ね”」と言うように、「ね」の意味になるんですよ。「カムオン“ニャ”」って具合に。それがもう可愛くて可愛くて(笑)。最初はやっぱり言葉の壁の心配はあったんですけど、もうその「ニャ」を聞いた瞬間、これはやばいと思って。

── それはグッときますね。日常的に使えるアニメキャラの語尾みたいな(笑)。

そうそう!だからもう普通に会話してるだけなのに、萌え要素があるんです。それに感動してしまって。

── それで、ベトナムには3年間住んでいたんでしたっけ?

そうですね。でも実際にそのメイドカフェに関わっていたのは3ヶ月くらいでした。私は、衣装のデザインから内装、マニュアルの制作、スタッフの教育と一通り担当していたんですけど、やっぱり最初にスタッフとして入ってきた子たちは、みんな日本のメイドカフェ文化のことがわからない子たちばかりで。

その上、お化粧したことがない、スカートも履いたことがない、というような子たちばかりだったので、お化粧の仕方からメイド服の着方、オムライスに描く絵の描き方とかまで一通り教えていました。

そして一通りできるようになった子たちが、次に入ってきた子に教えてあげられるようにする。その基盤を作ってあげるために働いていたので、その後直接お店に関わるという機会は少なかったです。

── 基盤作りですか。でも文化も言葉も違う異国の地で、メイドカフェというベトナム人からしたら未知なお店の基盤を作るって、相当大変だったのでは?

かなり苦労しましたね(笑)。言葉の壁はもちろんあったんですけど、やっぱり文化の違いが大きくて。そんな環境でスタッフを教育していくということが一番難しかったです。雨が降ったら休んだりする子もいるし、当日の出勤時間を過ぎてから、友達と遊ぶから今日は休みますとか言われたりもしましたね。

日本ではありえないような、もう日本の常識が通用しないという。そういった文化の違いに、最初はすごく苦労しました。

自然体で楽しませる。文化の壁を越えて教える、さかなちゃんの笑顔の接客術

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── 雨降って休まれたらシフト作るのも一苦労しそうですね…。そういった状況はどうやって改善していったんですか?

それに関しては、一つだけペナルティをつけたんです。シフトが入っていた日は、前日までに連絡をしないと50000ドン(約280円)の罰金だよっていう。そうしたらみんなちゃんと連絡するようになりましたね(笑)。

でもそれよりも苦労したことは、仕事へのモチベーションとか、仕事を楽しいと思えるような環境を与えてあげることですね。メイドカフェといったら笑顔で接客することが第一条件じゃないですか。

そのためには、やっぱりメイドカフェでの仕事が楽しいと思ってもらえないとダメで。ベトナムは植民地だったという歴史もあって、現地で育った若い子たちは、小さいときから色々な国の言葉を聞いて育っているし、家族で観光客相手に商売している子も大勢いるので、「おかえりなさいませ、ご主人様」といった言葉を覚えてもらうことはすごく簡単でした。

同じようにマニュアルを覚えてもらって、仕事をしてもらうという面では問題なかったんですけど、それを笑顔でしてもらうということがすごく大変でした。

── 僕もこれまでアジアを回ってきたんですけど、確かにどこの国の店でも、みんなふてぶてしくスマホいじりながら、だらーっと店番しているような人が多かったと思います。

それはベトナムでも同じで。でもメイドカフェでそんな接客されてしまったら、来たお客さんもガッカリじゃないですか。どうすれば彼女たちが笑顔で働いてくれるかなと考えたんですけど、そもそも仕事が楽しくなければ笑顔になれるわけがないなと思ったんです。

それで、彼女たちを全力で楽しませてあげることに力をいれ始めました。仕事の間に一緒にゲームをしたり、お絵描きをしたりして、自然に笑える瞬間をいっぱい作ってあげて、「今笑ってる◯◯ちゃんの笑顔、とても素敵だよ!」って笑った瞬間に毎回言うようにしたんです。もちろん私も笑顔で。

そうしたらみんな少しずつ自然と笑顔で接客ができるようになっていってくれました。それで、段々と私なしでもお店がメイドカフェとして回るようになってきて。

── 文化の壁を乗り越えた瞬間ですね。その後はどうされたんですか?

その後、今度は北部のハノイに行って、とあるIT会社に1年程お世話になりました。その間も3ヶ月に1度はホーチミンに出張し、メイドカフェに立ち寄って接客などのクオリティーチェックや、新しく入ってきたメイドさんと仲良くなったりして、ちょくちょく顔はだしていたんですけど(笑)。

ハノイでお世話になった会社では、IT会社なのにファッションデザイン部署を作ってくださって、そこでも洋服のデザインや製作を担当していました。1年契約だったので、それを終えた後はまたホーチミンに戻ってきて、そこで次に何を始めたかというと、イベントのサブオーガナイズなどです。

── 一度ハノイで働いてからイベント関係に携わるようになったんですね。

そうです。もともとベトナムでは、2010年くらいから現地のアニメファンの大学生たちによるイベントとかが開かれるようになっていました。でも私がホーチミンに戻ってきた2012年当時も、アニメグッズとかを扱っている日本カルチャー系のお店も少なかったですし、コスプレ文化とかも全然盛んじゃなかったんです。

まだまだあまり盛んではなかった時期に、その大学生がやっていたイベントのお手伝いをさせてもらって、日本からプロのアーティストの方を招待できるように手配したりといったサポートをさせてもらいました。

それで初めて日本からベトナムにアニソンDJの方を招待させてもらったんですけど、日本から来たアーティストにベトナムのファンはついていけるのかなって、最初はものすごく不安でした。

ベトナムってすごくシャイな子たちが多くて、ダンスだとか、クラブといったカルチャーもあまり根付いていないので、人前で歌ったり踊ったりすることに抵抗があるかなと思っていたんです。でもそんな不安も杞憂に終わるくらい大盛況でみんな喜んでいました(笑)。

ライブのなかでボーカロイド楽曲の「ダブルラリアット」という曲が流れたんですけど、その曲に合わせてみんなちゃんと回っていたりして、すごく感動しました。

※ダブルラリアット: ニコニコ動画に投稿されたVOCALOID 巡音ルカのオリジナル楽曲。作詞・作曲、アゴアニキP。曲中、PVに回る場面がある。

── そうなんですね。でもオタクって本当世界どこでも変わりませんよね。僕が以前参加した「Penang Anime Matsuri」では、「回レ!雪月花」という曲が流れたですけど、そこでもサビでみんなちゃんと回ってましたもん(笑)。

※『回レ!雪月花』:TVアニメ『機巧少女は傷つかない』のエンディングテーマ。サビに「回レ回レ回レ回レ」と特徴的なフレーズがある。

本当にそうですよね(笑)。

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── その次に向かったのがカンボジアですか?

ベトナムの後は、実は色々あって一回日本に帰ってるんです。でもベトナムの経験から、自分の好きな日本カルチャーを海外で発信するということが諦めきれなくて。それで、日本では半年間ゲーセンでアルバイトをしてお金を貯めて、それからカンボジアに来ました。

── それはまた一山あったんですね(笑)。初めて訪れたカンボジアの印象はどうでしか?

最初は5日間だけ首都のプノンペンに滞在して、なんだか合わないなって思って、シェムリアップに移動してきました。いい街だなぁって思って、それから今日までで約10ヶ月間くらい住み着いています。

頑張る必要もない、焦る必要もない。何もないからこそ何でもできる

── ベトナムだったら住むのに女の子の「可愛さ」という要因があったと思うんですけど、シェムリアップに住もうって思った一番の要因はなんだったんですか?

シェムリアップも同じで、女の子がみんな原石的な可愛さを秘めているんです。

あとは、シェムリアップが当時のベトナム以上にまだ日本カルチャーが浸透していない地というのも、住もうと思った理由の一つです。日本料理店も少ないし、日本人も少ないし、オタク系のイベントやお店もなくて、本当にまだ何もないんです。

でも何もないもないからなんでもできる。そう思ったんです。なので、今は小さいことからコツコツと始めようと思っていて、少し前から小規模なアニソンイベントのコスプレDJをさせてもらっています。

── 僕もシェムリアップで日本のオタク文化みたいなのって、まだ一つも見つけられてないです。まだまだそういった文化が根付いていない場所ですけど、実際イベントに足を運んでくれる現地の人とかっているんですか?

今はまだ観光で来た西洋の方とか、日本を含め海外各国から移住してきたアニメ好きの方が多いですね。

現地のカンボジア人は、夜飲み歩いてる男性の人とかが、たまたま見かけて、興味を持って立ち寄ってくれるということがほとんどです。今は夜のイベントのみなんですけど、追い追いもう少し早い時間に開催して、もっと若い子とかにも参加してもらえたらいいなって思っています。

── でも、シェムリアップの生活っぷりや町並みを見ていると、そういった娯楽的な文化が若い子たちに根付くまでには、まだまだ時間がかかりそうだなって思ってしまいます。

時間はかかると思います。でもだからといって、焦る必要もないかなと思っていて。

ベトナムで過ごしていた頃は、「もうなんでもやってやる!」っていうくらいの気持ちで突っ走っていたんですけど、カンボジアに来てからもう少し肩の力を抜いてもいいかなって思えるようにもなったんです。

ベトナムでの活動は、もちろんやり甲斐がありましたし、苦しかったり、楽しかったりもしたんですけど、一方で頑張りすぎていたところもあったんじゃないかなと思って。最初は好きでやっていたことが、段々“やらなきゃいけない”と思うように変わっていってしまう自分がいたんです。

好きでやっていたイベントも、回数を重ねていくにつれて、「私がやらなきゃ」っていう使命感が強くなっていってしまって。あとは人の期待に応えたいと思ってしまうタイプだったということもあって、例えお金がもらえなくても、相手が私のことを求めていたら、どこにでもとんでいってお手伝いしていましたし、全部頑張ってしまっている私がいたんです。

それがカンボジアに来て、ゆったりと時間が過ぎるこの街住み着いて、別に頑張る必要もなければ、やりたくないことをやる必要もないし、何か大層なことを成し遂げなければいけないわけでもないと思うようになったんです。自分が今幸せを感じることができているなら、それでいいんだなって。

── カンボジアに来て、いいガス抜きができたみたいな?

はい。今は自分の好きなことだけをするようになって、それが割と上手く回るようになってきていて、それでも生きていけるんだなと思いました。心に余裕を持つことも大事だと感じましたし、やらなければいけないことなんて何もないんだなって思いました。

── なるほど。海外で得るそういった気付きって、本当に大切ですよね。

そうですね。今日本で生活をしていて、少しでも面白くないな、辛いなと感じている人とか、就職しなければいけない、仕事をしなければいけないというように、自分で自分の視野を狭めている人たちにこそカンボジアみたいな海外に出て来て欲しいとも思います。もちろん私が感じたようなことと同じことを海外に来て感じるとは限らないんですけど、それが一つのきっかけになればなと。

さっきも言ったんですけど、何もないもないからこそ何でもできるというのは、私が発信しようとしている日本カルチャー以外のことでも同じで、何もない場所だからこそ自分が何でもやっていい、自分が何でもできるところに来たら、何もできないと思っていた自分が、ちょっとは何かできることあるんじゃないかなって思えると思うんです。

── 何もないからこそ何でもできる…。すごく納得させられます。最後に今後シェムリアップで活動する上での抱負なんかがあればお聞かせ下さい。

まずは、自分が幸せに生きるというのが大前提です。自分が幸せであってこそ、その感じた幸せを他の人にも分けてあげられると思うので。なので、頑張り過ぎない程度に、小さいことからコツコツやって幸せに生きていこうと思います。

── ありがとうございました。

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おしまい。

プロフィール

浴槽魚@さかなちゃん

宇宙世紀型魔法少女☆世界に感謝ハッピー追求し隊✳︎宇宙のアイドル☆さかなちゃん! 現在は地球で人生の2クール目を楽しんでます♡。セーラー服/スク水/美少女/日本文化ラブ!

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まとめ

6月28日~7月4日 カンボジア シェムリアップ

オタ活充実度:100/100

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